航空管制官、再受で医学生なう。

航空管制の話題を中心に。航空と医療をつなぐ。

懲罰は安全に寄与しない

 ブログをご覧の皆さま、ご無沙汰しております。元航空管制官の現役医大生・Uniform Sierraです。

 今回は先ごろ続発した、大手エアラインのパイロットによる飲酒と業務時間の問題について書きます。先にお断りしておきますが、私は当該会社や当該社員とは何の関わりもありません。航空業界を経験して安全について現場から常に考え続けた者、そして航空業界が影響を与える「安全教育」を現在も受ける者としての、個人的意見です。各職種から意見があるとは存じますが、一連の事案を安全だけに絞って考えると、こう言いたいよね、という一例としてご笑覧いただけましたら幸いです。

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画像はフリー素材「ぱくたそ」から



 

 まずは、安全管理についてあまり明るくない方に向けて解説するつもりで説明します。航空業界志望生は是非ご覧ください。プロは飛ばして読んでください。

 

USによる、「安全管理」の考え方まとめ

「安全管理」のはじまり

 技術の進歩により、人間は機械を扱うようになった。しかし、機械と操作する人との間に、様々な要因(慣熟不足、心理的エラー、その他いろいろ)によって何らかのトラブルが起きることが多くあった。そのうち事故に至るケースが発生する。運輸(特に航空)分野で、機械とヒトの間のトラブルによる事故が顕著であった。これを機械とヒトの二項分類で解釈せずに、システムとして要因を細かく分析し、トラブル発生件数を可能な限り減らし、事故に至るケースを限りなくゼロに近づける努力が「安全管理」である。
 「安全管理」の考え方は航空機事故の件数を有意に減少させ、航空の安全に寄与したことから、運輸業界のみならず、医療や各種インフラ(原発など)を始めとする様々な分野に浸透した。

ヒトを解釈する「ヒューマンエラー」

 ヒトによるトラブルの要因を解釈するモデルとして、「ヒューマンエラー」がある(学説によって分類の詳細が異なるため、説明は割愛する)。人間は必ず間違いを犯すものという考えをベースに解釈する。

間違いは「個人の不注意」ではない=個人を非難しない

 「ヒューマンエラー」以前は、エラーを個人の不注意として解釈していたため、改善のためという名目で、エラーを起こした本人に対する再教育が行われた。その結果、懲罰を回避するためにエラーをごまかし、更なる重大事故発生の可能性が高まることが危惧された。
 「誰でも間違いを犯す」というモデルで解釈すると、エラーは個人の問題ではなく、本来は同様に業務を行う全員が起こしうるものである。したがって根本的な安全対策としては、組織全体にアプローチすることが有効となる(一例として、安全情報の共有)。また、エラーを隠すことによる甚大な事故発生を防ぐため、安全情報の報告・共有を奨励する。

 

 以上の論理から、航空会社は安全のための自主的な報告を奨励すべきはずでした。
 したがって今回の一連の飲酒に関わる問題は、航空業界がどの業界よりも先んじているとされるヒューマンエラーに対する安全管理を、航空会社が軽視しているという問題を含んでいるのです。その点に対する言及・批判が、世間には見受けられません。

 

「安全管理」の考え方を踏まえて、今回の各社の対応について解釈

①A社…飲酒による体調不良を自ら申し出たパイロットを論旨退職させた
(事案発生場所・スタンバイクルーのいない離島)

 乗務できない状態にあることを自ら申し出たパイロットは、航空安全のベースである自主的な報告をした点が評価されるべきです。
 A社のパイロットの服務規程は分かりませんが、論旨退職が相当だと判断する理由は何だったのでしょうか?今回論旨退職まで処分を待った(待たされた?)ようですが、その事実が現役の乗員に与えた衝撃は、いかほどのことだったでしょう。これは「見せしめ」といえます。

②J社…飲酒による体調不良を隠ぺいしたパイロットが乗務直前に逮捕された
(事案発生場所・他国)

 安全のために同じ航空業界で仕事をしていた立場として、エラーを隠蔽したパイロットを擁護するつもりは全くありません。しかし個人的には、報道記事で酒量や行動などを確認する限り、何らかの医療的・精神的ケアが必要ではないかと感じました。
 このケースでは、コクピットクルーの他2名が当該パイロットの素行を見逃した疑いがあり、CRM(Crew Resource Management: 乗員同士でフォローし合う安全管理)が出来ていなかったと見られます。こちらの二人、「再現ビデオ」に出演させられており、当該パイロットの逮捕された国の当局による処分が決定してから処分する、とのことです。完璧に「見せしめ」です。

 

 この2件の事案から安全管理の面で私が言いたいことは、
見せしめ(懲罰)は安全管理の流れに反する、ということです。

 航空業界は安全管理をリードしてきました。そのフィロソフィーは、私がこれから携わる医療の分野でも重視されており、医療系学生の臨床前教育でも授業が行われています。

 一連の事案を「職務への責任感が足りない」と、事案を引き起こした個人に全ての責任を負わせることは、日本社会の文化に合わせた企業の姿勢を示すこととしては有効かもしれません。しかし、現場は確実に萎縮します。

 

 最後に、興味深い一例を提示します。

③S社…飲酒による体調不良を自ら申し出たパイロット、処分無し
(事案発生場所・スタンバイクルーのいる拠点)
(前2件と比較して勘案すべき要素・パイロットの雇用形態)

 こちらは処分がありませんでした。基本的に自主的な報告に対して処分しないのが正しい在り方です。しかしこれを見て「2社と比べて、処分しないという判断は素晴らしいですね☆」などと宣うほど、脳内お花畑ではありません。報道によると、当該パイロットは外国籍とのことです。世界的にパイロット不足が懸念される昨今、日本の航空会社で勤務する外国籍パイロットの雇用形態は特殊です(あえて言及しない)。端的に言うと、
「日本の会社で飲酒による体調不良を申告したら、退職させられたンゴ」
と1人が言い出せば、その周辺のコミュニティも
「え?懲戒ってマ?普通STBYに代わってもらうだけやん。え?STBYおらんの?日本で働くのは嫌ンゴ!」
となり、いろいろ不都合な事態が生じるわけです(なんか口調がおかしいけど気にしない。私だって深く語りたくないんだゲホンゲホン)。
 つまり、2社とは異なる特殊事情が存在したことを、この国でパイロットの飲酒問題を語るときには忘れてはならないのです。

 

まとめ「日本社会で安全管理を追求するには」

 日本社会はエラーを犯した人間に対して、常に懲罰を求める文化です。しかし、安全管理という視点から語ると、懲罰を科すことは更に深刻な危険を生み出す恐れがあります。

対策①消費者教育的な位置づけで、安全管理の教育が社会で行われる
 なぜ懲罰が好ましいことではないのか、社会文化を変えるきっかけが必要です。もちろんインシデント・事故が万が一にも起こって欲しくないものですが、「より大きなトラブルを防ぐために」という概念は、社会に浸透させるべき大切な安全文化です。

対策②先駆者である航空業界が「安全管理をリードする」という不断の努力
 世間の皆さんからすれば、「おもてなし」的な表に出るクルーやスタッフ、花形のパイロットだけが航空会社の価値を決めると思っているかもしれません。その裏で安全のために華やかさとは対照的な仕事をしている職員さん達が大勢います。航空会社の幹部は、そのような裏方的存在の一部です。彼らも現場の人間と同じく安全管理の教育を受けているはずです。航空業界が社会に与える影響は、大衆向けのイメージだけではなく、プロフェッショナルに対する安全管理の意識という分野もあることは、彼らも理解しているはずです。航空業界に携わった経験がある者として、影響力の大きい企業には「安全管理は航空分野がリードする!」という意識を強く持ってほしいものです。

 

 今回の記事、航空業界を志す人に何らかの意識が芽生えてもらえたら嬉しいです。それでは、Good day.